オリンピックのメダルラッシュに思うこと―最重要な共同体は、やはり「国家」

今日はいきなり本題。
それも、拙ブログの記事としては久々に、だいぶ本音で突っ込んだ話題です。

日本選手の応援で物凄く盛り上がったリオオリンピックも、もう閉会まであとわずか。
その最終盤にして、400mリレー銀メダルという快挙が来ましたね!
私もこのことはあちこちで書いていますが、「体格面でどうしても及ばない分は技術面でカバーする」という、まさに日本人らしい発想と、それを実現させるための努力が実を結んだと思います。


さて、スポーツの応援というと、「少なくとも、今の日本においては」 何よりも国全体が一致団結する場であることには異論がないでしょう。
ですが一方で、私個人の印象としては、これは結構、時や場所を問わず共通していることなのかもしれない、と感じています。

というのも、サッカーや、最近は野球も色々な国際大会が行われていますが、それらは間違いなく、国の威信がかかっている「戦いの場」でもあります。
特にオリンピックは「平和の祭典」という言い方がされますし、もちろんこの精神はとても重要ではあると思いますが、反面、この「戦いの場」という点には変わりがないわけです。

それで、上にリンクを張った産経ニュースの写真。
選手たちが持っているのは、言うまでもなく、日本国旗 「日の丸」です。
当然ながら、それはこのリレーだけでなく、どの競技の選手もそうでした。
さらには選手だけでなく、その場に居る応援者も、ですよね。

そして、この旗が表彰式で揚がるときに流れる音楽といえば、国歌「君が代」…

ここまで言えば、このブログを以前からお読みの方々は、私が何を言いたいか、概ねお分かりいただけたと思います。

スポーツの場では大いにこういう光景が見られながら、一般社会になると、なんで「日の丸を掲げて君が代を歌う」といったら、右翼呼ばわりされるのだろうか??

ということですよ。
私自身、いつだったかはよく覚えていませんが、ふと、この疑問が頭の中にふっと浮かんだときがあったんです。
そうしてから、ものの見方が本当に色々と変わりましたねえ。
ですが、「それはまた機会があれば文章にします」ということで(一部はすでにこれまでの記事でも書いているのですが)。

このブログを読んでいらっしゃる大半の方の価値観に共通する部分は、おそらく、 「『共同体』を大事にする」ということだと思うんです。

と書かせていただきました。
(ちなみに、これはこのブログの読者ターゲットが今とだいぶ違うときに書いた記事なのですが、私はこの一文に関しては今もあまり変わっていないと考えています)

共同体、あるいは社会集団、カタカナ語で言うと「コミュニティー」ですね。
その中で一番大事なものは、やはり「国家」です。
だからこそ、世界と競いあう場で活躍するスポーツ選手たちは、その国家を尊重する思いを絶対に忘れない。

日本には、「愛国心を育もう」と言ったらすぐ右翼とかいうレッテル貼りをする連中もいますね。
けれども私は、要するに愛国心というのは、こういう連帯感といいますか、仲間意識といいますか、その延長上にあるものだと考えているわけです。

今の日本人、平和ボケという言い方をよくされます。
その平和ボケを脱する手段として、たとえば「日米同盟で日本が一方的に守られる立場になっているのが問題だ」から、「それに頼らないためにも、9条の改正と自主防衛を整えることが急がれる」とか、あるいは別の意見として「それを互助の体制にするためにこそ、最近話題になった集団的自衛権だの、安保法案だのが重要なんだ」とかいうことがよく言われますよね。
まあ確かに、そういう意見の違いに関する議論は大いにあるべきだと思います。
ですが、もっと必要なことは、「一般国民のこういった連帯感ないしは仲間意識を目覚めさせ、より高めること」だと思うのです。
(それを言うと今度は、言葉の表面だけを捉える連中には「国際化の時代に逆行している」とか言われるんでしょうけどね。言うまでもなく、そういった意識を高めることと国際化は両立し得ます。)

「一般国民のこういった連帯感ないしは仲間意識を目覚めさせ、より高めること」
スポーツの応援という場こそ、それに一番向いていることは、論ずるまでもないでしょう。
そして、オリンピックが終わっても、私自身はこの情報発信のスタイルを続けて、1人でも多くの皆様に「日本という国の在り方」を考えるきっかけをつかんでいけるようにしていかねばなりませんね。

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追記:
私はあの自民党が政権奪還し、第二次安倍内閣誕生が決定することとなった衆院選投票日の前日には、総理大臣をスポーツ競技の監督にたとえて投票に行く事を促す記事を書きました。
今、これと同じ内容を書けば、名前が挙がる人物はもちろん変わります。
ですが、基本的な考え方は今も全く変わっていませんので、国政選挙の投票日の前々日~前日くらいにはTwitterでこのエントリのURLを流しています。
これも、興味があればこの機会にぜひ読んでみてください。

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