自己愛と愛国心

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自分を愛する人は、他人も愛する。そんな人が幸せになれる。
(大原敬子著『すべての悩みを力に変える本』より)

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皆様お疲れ様です。
一気に涼しくなってきたかと思えば、大雨に地震と、自然災害は途絶えませんね。

さて、今日はど直球なタイトルから、冒頭でこの引用ということで、
言いたいことはもう、大体察しがついたかなと思うのですが、
このフレーズの少し前に書かれた一文も取り上げてみましょう。

「人間はだれも、自分が一番大事なのです。そしてその自分を一番愛するのも自分です。それは、自分さえよければという自己中心の考えとは全く違います。」

私の考えを二つに分けて述べますと、
一つはもちろん、「自国のこと、そして国同士の関係も同じだ」ということです。
だからこそ、私も捏造・歪曲をもとに日本を貶める連中は、容赦なく糾弾されるのが当然だと思う。
そして、それと同時に、
自国に対する過剰な自尊も、いわゆる自虐(史観)と同等に戒められるべきもの、ということを認識する。
(そういう面からいうと、このブログにいらっしゃった皆さんは戦前の欧米やら、現在の特亜やらがその反面教師、という感を抱かれているのでしょうが…)

もう一つ、違う切り口から捉えてみましょうか。

このブログを読んでいらっしゃる大半の方の価値観に共通する部分は、おそらく、
「『共同体』を大事にする」ということだと思うんです。
ここでいう「共同体」とは、日本という「国」についてもそうだし、反ジェンフリ系の方が言う「家族」とかも、そうですよね。

極々当たり前のことですが、
「自分さえよければという自己中心の考え」を持った人間の集まりでは、こういった共同体は成立しません。
だけど、「人間は誰も、自分が一番大事」というのも、また当たり前の事実です。

一見、矛盾をはらんでいるようですが、それを解くカギは、何にあるんでしょうね?

私は、
自分自身がかかわっている他人もまた、「自分が一番大事」と思っている人だ、ということを理解する
ということだと考えています。

それが理解できるなら、当然、自分ならこうされると嬉しいだとか、腹が立つだとかわかるし、
他人にポジティブな感情を与えることを率先して行い、ネガティブな感情を与えることは極力やらないようになる(「極力」というのは、それでもどうしても必要な場合もありますから)。

そして、「自分ならこうされると嬉しい」と思うことを共有できる人が集まるからこそ、そういった共同体が自然な形で発生する、ということだろうと思うんです。

う~ん、事実をありのままにとらえ、それに対してバランスのとれた見方をするのは難しいものですね。
だからこそ、このブログをお読みの皆さんは、真剣に日本という国のこれまでとこれからを考えているんだと思います。

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