【参加報告】黒田裕樹の歴史講座第55回 「奈良・平安前中期の政治史」

皆様お疲れ様です。
本格的に暑くなってきましたね。
オリンピックが開幕し、早速の日本人選手のメダル獲得の報も聞こえてきています。
日の丸を背負って世界と渡り合う選手の姿は、素晴らしいですね。


さて、昨日(8/7)は、黒田裕樹先生の歴史講座に参加してきました。
前回の第54回は都合がつかず参加できなかったもので、同歴史講座については、第53回(3月)以来の参加です。

内容についてですが、今回も章立てから。

  1. 藤原不比等[藤原氏]から長屋王[非藤原氏]へ
  2. 藤原四兄弟[藤原氏]から橘諸兄[非藤原氏]へ
  3. 藤原仲麻呂(恵美押勝)[藤原氏]
  4. 道教[非藤原氏]から再び藤原氏[藤原百川・藤原永手]へ
  5. 摂関政治全盛までの道のり
  6. 藤原氏を支えた財政的基盤
  7. 源氏物語に秘められた藤原氏との関わり
  8. 藤原氏の「不可思議な」栄華とその後の没落
53回の時の記事に書いたとおり、私が日本史を勉強していたのは義務教育の時のみ(しかも、近現代史はほぼ小学校だけ)でしたが、その時勉強していたことを思い出してみますと、
このあたりの時代の流れをつかむキーは、「誰を中心とする政治体制だったか」だった覚えがあります。
聖徳太子~天智天皇の飛鳥時代に関しては、「天皇を中心とする政治体制」であった一方、平安時代中期ごろは「貴族中心」(まさに5.にある摂関政治のころですね) から、後半は「院政(すなわち中心は上皇)」、そして末期が「武家政権の興り」という形で変化していきますね。
でも、その間、つまり奈良時代~平安初期というと、あまりしっかりと「こう習った」という記憶がないんです。
これまでの私のイメージでは、「天皇を中心とする政治体制であることには違いないけど、少しばかり色々な変化のあった時代」という感じでした。

で、今回の講座を受講しての印象は?と言いますと、

「少しばかり」どころでは、全くありませんでした!!w

今回の章立てを見ればお分かりかと思いますが、そのカギを握っていたのは、藤原鎌足(中臣鎌足)に始まり、そして道長・頼通の時代に全盛期を迎えた「藤原氏」の動向です。
その中でも、前半の1~4が奈良時代、後半の5~8が平安時代のお話です。
特に、奈良時代って710年の平城京遷都~794年の平安京遷都までのわずか80年余りなのですが、政治の実権が藤原氏と非藤原氏の間で、はっきりわかっているだけで6回も交代している時代なんだそうです。
本当に、目まぐるしい変化ですね。

で、そこを追っていった今回の講座なのですが、
全体的に色々とドロドロした部分も多いながら、単純に「人間というのは恐ろしい生き物だ」というだけで済むことでもない、そんな感想を抱かせる話でしたね。
これこそがまさに今回改めて感じさせられたことだと思います。

そして、次回第56回の予告もありましたが、なんとその内容が、

「日本文明の誕生」

ということです。
私も、これはぜひ参加したいものですね。

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