土木史のお話-土木学会誌より(2)

皆様お疲れ様です。

前記事の前置きでは空梅雨とか申し上げていたのですが、先日の地震の影響が今なお残っている九州は、大雨で大変なことになっていましたね。
実は、この土木史と、前記事で言っていた「もう一つの早く取り上げたい話題」(これについては、本エントリの最後で予告させていただきます)が書き上げられたら、本ブログでは初めての、水害について少しまとまった記事を書こうと思っていたんですよね。
ただ、こちらもこちらであまり時機を逃したくない話題だと思いますし、本ブログの更新、一体どうしたものでしょうかね…?
でももちろん、それだけ「知識として学び、そして自分の頭で考える」材料があるのは、嬉しいことでもありますね。

本題は、前記事の続き。


青山士は敬虔なクリスチャンでした。一高時代に「自分は何のために生まれて来たのか」と悩んで内村鑑三の門を叩いた。内村は教会で色々な講話をしましたが、中でも青山の心に響いたのが「後世への最大遺物」という話です。「人生にとって最も大切なことは、後世の人のためになる国の遺産を残す仕事をすることだ。それには土木技術者になるのがいい」と。内村は、同級生の廣井勇が教えていた東大の土木工学科へ進学することを青山に勧めました。


青山士に関しては前回も述べた通り、有名な土木技師ですけど、「敬虔なクリスチャン」というのは今回初めて知りましたね。
内村鑑三については、ご存じない方はこちらをお読みください。

ここでちょっと触れてみたいこととして、キリスト教も含む一神教に関しては、往々にして、
「苦難に対して『それは神様の与えた試練だ』とかいう言い方をするし、要するにその信者は自分たち以外の価値観は認めないと言っているようなものだ。そんなものを信じる人間が増え続けるから、反戦とか口ばっかり唱える人間は数多くいても、世界から戦争がなくなることがないんだ」
というような意見が挙がっているのを、私もよく見てきました。

一面では、確かにその意見も正しいかもしれないです。
しかし一方で、そんなキリスト教も、最初の最初は今の日本にも数多く存在する「新興宗教」であったことには間違いないわけです。
そして、その「数多く存在する」うちの大半、つまり数年~数十年でカルト邪教ということが白日の下にさらされた教団とは違って、
信者たちの活動が人間社会の中で認められることによって、伝統宗教という道を歩んできているのも、また事実です。

つまり、上に述べたような一神教という性質上の問題は持っていながらも、「永く存在し続ける物の価値」として認められている要素は、何かしらあると考えているんです。
私の語彙力不足でうまく表現できなくて申し訳ないのですが、それが、この「後世の人のためになる国の遺産を残す」という言葉に、どことなく表れているのではないでしょうか。
そして、青山士という人物については、その言葉に心を動かされて、技術者の道を選ぶというのが凄いなあと感じますね。


宮本は土木技術者としては破天荒な人でした。例えば、ヨーロッパ視察に行けば、普通の人は現場を見て、官庁の役人や学者に会い、あとは観光で終わりでしょう。宮本に感心するのは、イギリスへ行った際に社会主義団体「フェビアン協会」や労働党を訪れていることです。その後、彼が設立した日本工人クラブとフェビアン協会は交流を重ねています。つまり、技術者の労務対策の重要性にいち早く気づいていたのでしょう。

とにかく、宮本というのは大変教養の幅の広い人で、誰とでも話せる言葉を持っていました。大河津の工事の間は、毎晩のように労務者や地元のボスと飲み交わし、自作した「信濃川補修工事の歌」を歌っていたそうです。青山には、こういうことはできなかったのでしょう。性格の全く違う二人が工事を指揮したことに意義がある。おそらくその時代、一番の名コンビだったと思いますね。


前半部分から。
労働問題っていうのは、現代日本でも非常に面倒な問題です。
そんな面倒な問題に率先して取り組める方というのは、本当に尊敬できますね。

私の勤務先の会社も、労働環境の改善にはかなり力を入れていて、年度末繁忙期においても過度に深夜残業にならないような対策を考え続けており、そしてその効果は確実に表れているようです。
で、私も会社の労働組合に加入しているのですが、
労組っていうのは、政治・言論系からこのブログを知られた皆様の持っているイメージよりは、 社内だけであればまともに労働問題に取り組んでいると思うんです。
ですが、それが複数の会社の組合が合同で組織を作ってしまうと、なぜか「憲法9条を変えるな」だとか、労働問題とはほぼ全く関係ないことを言い出すんですよね。
色々デリケートな問題だけに、あまり声には出せなくとも、頭を抱えている方も多いのではないでしょうかね。

そして、後半部分について。
「『1+1が3にも4にもなる』を具現化させたような名コンビといえば?」と聞かれると、
皆様は色々な回答をお持ちだと思いますし、その中には言われれば「ああ、確かに」と思う回答もあるのでしょうが、私は結構答えに窮してしまいます。
タイプの違う人と組むということをやる機会の多さは変わらなくても、それを「意識してうまくやっていこう」、というお互いの気持ちが見えるコンビって、結構いないものだな、という個人的印象があるんですね。
「誰とでも話せる言葉を持つ」というのは、そんな名コンビ(あるいはトリオでもそれ以上の人数のチームでもいいのですが)を生み出すのに必要ですが、とても難しいことです。
宮本武之輔の場合は、土木技術者として生きてきた中で、強く意識してその幅の広い教養を身につけてきたのでしょうね。


土木史というのは、単なる歴史の羅列ではなく、技術者の生きざまを伝えることなのです。青山士はなぜパナマ運河へ行ったのか。帰国後に手掛けた難工事に、どんな思いで立ち向かったのか。こうしたことを一般の人たちに話すことができるのは、土木史教育を受けた人でしょう。自然災害と公共事業の関連から歴史を深く理解し、専門外の人たちに伝えることのできる人を増やすことー。それこそが、日本社会が土木の意義を認識することにつながるのだと、私は思います。

「歴史」というのは、間違いなく、そこに人が居てこそ学問として成り立ちます
特に日本の場合は、自然災害は決してここ数年で急に話題になっているわけではなく、近代のみならず江戸時代以前にも歴史に残るような地震や水害は数多くあったわけです。
それらの自然災害に過去の日本人がどう立ち向かってきたかというのは、私自身もこれからもっと深く学びたいですし、ブログという、みんなが興味のある話題を書けば触れる人数の増えていく場で伝えることのできるだけのスキルも身につけたいという思いを持てました。

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さて、最初で言っていましたが、珍しく次回予告を。
土木史については、また同誌内の別の記事からも引用して文章を書きたいと思うのですが、
参院選も公示されましたので、次回は18歳選挙権のことを取り上げる予定です。
1エントリで全部書けるかは分からないので、長くなりそうなら2分割にします。

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