HAKASE(jnkt32)氏のご意見から、私自身の「土木系技師」としての本分を改めて考える(2)

皆様お疲れさまです。ピースです。

いよいよ、令和元年も残すところ後(このエントリを公開した時点で)10時間ほどとなりました。
私は1/2まで実家に帰省していますが、年末年始休の残り半分くらいは都内で過ごす予定です。
ただ、とても寒いかと思えば、昼間は少し暖かく感じる日もあって、体調管理は大変な年末年始になりそうですね。
皆様も、風邪等にはくれぐれもお気をつけてお過ごしください。

さて、本題は、前回の続き。
…ですが、最初はただのコピペですw

前回のエントリからご紹介しているブロガーさんは、HAKASE(jnkt32)氏です。
『Blog~続・トイレの雑記帳』という、私以上に政治・社会評論特化のブログを書かれており、このブログは世間的になかなか議論に上がらない問題に対する考察に優れた内容です。

で、そのHAKASEさんがブロサーでコメントを下さった中で、特に注目したいものが2つあります。
今回はその2なのですが、そのコメントのことはちょっと後に回しまして、

前回の最後に、「なぜ『財産的な被害は生じることを許容しても、最低限、人命は守る』ということが大切になるのか?」という問を投げかけたところで、切っていましたね。

その答えは、もちろん、第一には「ヒューマニズムの観点から」ということになります(※1)。

ですが、もう一つ、日本という国の特性を考えたときに、絶対に忘れてはならない要素があると私は考えています。
それは何か?ということですが、

その答えこそが、私が特に科学技術関連のエントリでは毎回と言っていいほど申し上げていますし、前回エントリでの私のコメント返信をした箇所の引用でも触れています、
「日本は人材が資源の国」
であり、
「例え、日本近海のメタンハイドレートやレアメタルといった資源の採掘に成功して、当初の『日本は資源に乏しい国』という認識が覆されたとしても、そのことによって『日本は人材が資源の国』という根本的なパラダイムが変わるかというと、それは絶対に変わらない」
ということです(またここで、「パラダイム」という言葉を使いましたねw)。

これに関しても、キログラムの定義のお話をしたエントリに対して、HAKASEさんからは、

お早うございます。この質量定義の改定は、考えれば当然の流れですね。
より厳正なそれであるべきでしょう。その実行が、
社会や世界の不満を少しでも解消する貢献になれば、尚可でしょう。

資源が得られれば、人材を資源と呼ばなくて良いなどとの思考には、
拙方も与しません。どちらも大事だし、国民市民、いや人類の存立に
不可欠ですから。
因みに、この人材を資源とする見方は、左派連中が嫌っている様ですね。
そんな勢力に、事実を歪められてはたまったものではありません。

というコメントを頂いていました。

それに対する、私の返信コメントは

遅くなりましたが、コメントありがとうございます!

この人材を資源とする見方は、左派連中が嫌っている
カタカナ書きの「サヨク」(某女史のおかげで「パヨク」とも言われますが)って、極端な「反新自由主義」に多い印象もありますが、他方で「ブラック企業」との親和性も結構高いですよね。
私はまさに、彼らはそういう思考回路だからだと考えます。

というものでした。

これに関しても、やはり技術面だけではなく、前回のコメントのやり取りと同様に「政治」の問題も関わってくるところですし、こちらはさらに「経済」という要素も追加されますね。
で、「新自由主義」などというキーワードも出てきましたし、実は、「現在の藤井聡先生や三橋貴明氏の言動について、私ピースの考えは?」ということも、そのうちにはこのブログのネタにしようと思っていたのですが、これも今年中には片付きませんでしたので、来年以降またの機会に。

で、話を本筋の「技術と人」という方向に戻しますと、
今年はなんと言っても、吉野彰先生のノーベル賞受賞がありました。
こちらは、大学や研究機関ではなく、民間企業(いわゆる「産学官」の「産」ですね)の所属の方の受賞ということ、また受賞内容もリチウムイオン二次電池に関するものということで、今は実務と研究の二刀流という立場に近い私自身からしても、非常に感銘を受けるものでしたね。
ただ、これも個別エントリにしたい内容だったにもかかわらず、こういう感じでのダイジェストという形になってしまいました。
(なんだかんだ言って、このブログの記事をどうやって継続的に書いていくか、時間の確保と少しずつでも意志の力を維持することという両面から、来年の課題です^^;;)

そういうわけで、単なる「人道」とか「ヒューマニズム」というだけにとどまらず、このような、「人材が資源」という観点からも、(細かい話はこれまでのエントリでも取り上げているので省略しますが)人命を最優先で守るための防災教育や情報発信、そして避難行動の確立と言ったソフト的な防災力が力を発揮すると考えています。

そして、来年は今までよりさらに「モノよりヒトに目を向ける世の中になること」が望まれますし、また私自身も単に「望まれる」というだけではなく、ひとりの技術者としてそれを形にするよう努めます、という言葉をもって、このブログの本年の締めといたします。

良いお年をお迎えください。
そして、令和2年(2020年)も、何卒よろしくお願いいたします。

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※1:R02/1/21追記
これに関しては、専門書に近い大学の河川工学の参考書からですが、以下の引用を。

計画高水流量を論じる場合、わが国の現状より考えるとかなり大きな流量で計画したとしても、それを超過する洪水がありえるということである。しかし洪水によって財産が失われるのはやむをえないとしても、洪水による人命の損害に対してはヒューマニズム(humanism)の立場から100%これを防護しえるような対策を講じなければならない
(高瀬信忠『河川工学入門』より、太字はブログ筆者による編集)

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