憲法記念日に、今の日本の問題について思うことを…

皆様こんにちは。
熊本地震のことも、触れたいテーマはまだまだあるのですが、一旦話題を変えて。

今日は憲法記念日ですね。

これまでは全く 、この日にブログ記事を書くという機会もなかったのですが、本記事では今まで考えていたことを、文章として起こすことで整理したいと思います。「憲法改正」あるいは「自主憲法の制定」は、今の日本の政策において、その是非を問われている重大テーマのうちの1つです。
で、このブログをお読みの方の8割以上は、今の憲法に問題があるという考えに立っていらっしゃると思うんです。

私もそこに関しては同じです。
「反米」路線で一貫しているはずの社共や一部除く民進の議員たちが、
GHQというアメリカの組織によって創られた憲法をありがたがっているという矛盾。
そして、彼ら自身はそれを矛盾とも思っていないということ。
この事実だけでも、もう彼らには、日本の国会、あるいは地方議員でありながら、「日本」を軸にしてものを考えていない、ということが断言できますね。
(ついでに言うと、皆さんご承知の通り、そんなことにはだんまり知らん顔で、小泉内閣や第一次安倍内閣の時に自民党に対して「アメリカべったりをやめろ!」って言っていたのは、今の民進党の前身である民主党です。

あの頃の路線が良いものだったかどうかはあくまで別問題(そして今の自民党についても)ですが、そんな政党が政権を取って、日本がその時よりもマシな方向に向かうはずなどないのは明白でした。)

ここまでは、ほぼ共通認識という前提で話をしてきた感じですが、
では、本質的な問題はここから。

今の日本国憲法、皆様が思う「真っ先に改正すべき部分」は、どこだと思いますか?

(一部には、「『改正』ではなく『破棄』すべき」という回答もあると思いますが、以下はその回答については考えないものとして話を進めます。
私自身がその考え方自体を全否定するわけではないので、ここはご了解ください。)

そうすると、多い回答の一つは「9条(中でも第2項)」ということになるかと思います。
理由としては、おおむね「9条が足枷になってるから、今まで日本は国際社会の中で他国との共助・互助の体制を築くこともできないし、国内だけ見ても、領海や排他的経済水域(EEZ)内に外国の不審船が出てきたりもするんだ」ということだと思います。

まあ、それを言いたい人には、言わせておきましょう。
しかし、「真っ先に」か、と言われると、私は違うと考えます。

じゃあ、私の回答は?

「第三章の『国民の権利及び義務』の各条項」です。
(もっと絞れないかとは思うのですが、ごめんなさい。この辺は本当にまだまだ半可通です。)

なぜかと申し上げますと、
これは、あの「ヒゲの隊長」こと佐藤正久先生も仰っていることですが、とにかく「『権利』とか『自由』とかをやたらと強調しすぎだ」ということに尽きます。

私のころは、小学校の社会科の授業で公民分野は6年生の後半くらいでやっと習い始める感じだったと思います。
ただ、やっぱりその頃から、「○○権」とか「○○の自由」とかは事細かに習っていて、それに対応する「国民の三大義務」に関して述べられていることはあまりにもさらっとしすぎている、というのは、まだ10代前半くらいにして、なんとなく疑問だったのでしょうかね。
そして、誰しもが、義務教育を出たくらいから、「権利には義務を伴い、自由には責任を伴う」ということを、文字を通しての勉強というよりも、実社会との絡みの中で学んでいく、という感じなのでしょう。
「本当にそれでいいのか?」ということです。

ここ数年~10年くらいで急に話題に上がった「モンスター○○」なんてのは、まさにそんな「権利」や「自由」をはき違えた方々のなれの果てだと思います(その先駆的存在である「モンスターペアレント」に関しては、被害者が学校の先生ということで、日教組の教師に関しては少なくとも自業自得だと言わざるを得ませんが…)。

「国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何を成すことができるのかを問うて欲しい。」

というのは、あのジョン・F・ケネディ氏の言葉です。
この言葉、結構政治的な主張とは違う場であっても、引用されることが多い名言だと思います。
(ちなみに、私は「土木系技術者」と書いていますが、大学院は純粋な土木工学ではなく、生態学とか環境アセスメントとかをやっている環境系の専攻でした。その時の講義で、この言葉の「国」を「環境」に変えれば、それが環境問題に取り組むときにあるべき姿勢となる、ということも教わっていましたね。)
で、「この言葉を借りるのであれば、今の憲法の問題を声高に主張しろ」とまでのことは、私は言いません。
けれども、そこにさえ問題意識が向かないのであれば、この言葉がなぜ名言として取り上げられるのかもわからないのが当然だ、と思うんですよね。

正直、国民の「意識」に訴えかける部分ですから、これはかなり難しい問題です。
でも、そこが変わってしまえば、先に述べた「9条(特に第2項)の改正」とか、関連する法律でいうと、このブログをお読みの方の中でも複数名が絶対に必要だと仰っている「スパイ防止法」なんてのも、あの悪評高かった「人権擁護法案(人権侵害救済法)」と逆アプローチの、あくまで 「義務」や「責任」に関する条文や法の中の一つのかたちとして考えることができる、ということになりますよね。

だからこそ、ここのバランスを整えるのが重要だと思うんです。

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