「ほんの一時の痛み」を負う覚悟

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手を火の中に入れると火傷を負います。
単純な法則です。
そしてこの法則は、心の中でも機能しています。

憎しみ、怒り、嫉妬、不安、羨望、強欲といったものは、いわば心の火です。
それに触れると、誰もが火傷の痛みを体験しなくてはなりません。

(中略)

これらの感情は、心の混乱を引き起こし、まもなく、
病気、失敗、不安、悲しみ、絶望といった「罰」を、
人にもたらすことになります。

一方、愛や善意やおだやかさは
心に平和をもたらすそよ風です。

「正義の法則」と調和したそれらの心の要素は、
健康、穏やかな環境、成功、幸運などの「恵み」を、
人にもたらすことになります。

(ジェームズ・アレン著『きっと!すべてがうまくいく』より)
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皆様こんにちは。

いきなり書籍からの引用で面食らった方もいらっしゃると思いますが、本記事は当初書こうと思っていたものとは、内容を変更しています。


そもそも、本来はもうちょっと後に投稿する予定でしたが、どうしても皆様に伝えたいことができたので、仕事と私用で忙しかった中、深夜作業で少しずつ記事を書いていました。

こういう、「心の火」に触れることで感じる火傷の痛みは、本当なら自分だって感じたくないし、周りにも感じさせたくない。
それが当然です。
そして、万人がこの本の著者であるジェームズ・アレンさんのような人格者であれば(この方のことについては、記事の最後に触れますね)、誰も火傷の痛みを感じることのない社会を創ることは可能といえます。

しかし残念ながら、実際はそんなことはない。
だから、今私たちの周りには、心の火で火傷どころかあちこち火事で負傷者が発生しているような状況が出来上がっているわけです。
そして、この仮定がとてもじゃないけど非現実的なものである以上、そんな社会を創ることは、「実質的には」不可能なのだろう、と。

でも、あえて言わせてもらいましょう。
私はとりあえず、それでもいいと思っています。

「完璧主義は行き詰りやすい」ということが、よく言われますよね。
80%で満足できるなら満足感を感じることはそれなりにあるが、100%でないと満足できない人間は、この世に100%のものなどありはしないのだから、絶対に満足感を感じることはない、ということです。
少し前に「大同団結」ということにも触れましたが、80%同じならそれでよい、で団結できるなら問題ないが、あと20%の小異をやたら気にしたがる。それはありがちなんだけど、望ましいこととは言えないわけです。

では、この「心の火で火傷どころかあちこち火事で負傷者が出ている状況」から、80%を鎮火してしまうためには、どう考えるべきか?

タイトルの「ほんの一時の痛みを負う(あるいは場合により他人にも負わせる)覚悟」が必要だ、というのが、今の私が考えている結論です。

そこまで酷い状況に手を付けるともなれば、多かれ少なかれ「火傷の痛み」を負う者が現れる。
でも、そんな痛みなんて、ほんの一時的なもの。
浅い傷なら痛みが去ればそのうち元通りになりますし、深いもので跡が残ってしまったとしても、傷が癒えれば実害は全くなくなる。

仮に一時の怒りといった負の感情を漏らしてしまい、それで「心の火による火傷」を負った、あるいは他人に負わせたとしても、
それをやらなかったことによって、不安や不信感、禍根を残して、実体のよくわからない痛みを感じ続ける(火に関する表現なら、まさに「燻る」というのがピッタリ来ますね)よりは、はるかに救いがあることなんだろうな、と思うわけです。

そして、私が言いたいのは、
安倍総理をはじめとする今の日本の政治家たちに決定的に足りないものは、間違いなくこの「覚悟」だ、ということです。

現在の安倍内閣で起こったことでそれがよくわかるのは、最近だと皆様もご存じでしょう、“forced to work”問題ですし、それ以外も全体的に八方美人過ぎるから、政策もそれを実行する力も中途半端になるし、結果的に支持率が下がってしまうのも当然だ、というわけです。

あるいは、2009年の政権交代前、一般には愛国派として認識されている麻生さん(私が個人的に一番好きな自民党の政治家です)が総理だった時ですら、やっぱりその覚悟が感じられなかったから、田母神さんの解任騒動も起こったし、国籍法改正案なんてのも通ってしまった。そして、当時では小泉さん以来の靖国参拝も叶わなかった。

まあ、それで済まされない問題はそれとして、「お二方とも根がいい人すぎるんだろうな」、
という感想をぽつりと言って(特に安倍さんに関しては、谷垣さんの後の総裁選の頃からそんなことが結構あちこちで言われていたような気がします。「だから、愛国派の一政治家として応援するのは悪くないかもしれないが、自民政権に戻ってすぐ総理になるべき人ではない」という感じで。)、
最後になんで急にこんな記事を書きたくなったのかというお話。

詳細は差し控えますが、
最近まさに、私自身がここでいう「火傷の痛み」を負ってしまい、そしてこのブログを読まれているうち数名の方にも、ほんのわずかながらそれを負わせてしまった、ということがあったんです。

こんなことを言うのもなんですが、
私も決して、気が強い人間とは言えません。
むしろ、超絶豆腐メンタルですw
(このブログすら、ほとんど政治系の知り合いの方にしか公開していないという程度のものですから。本音ではツイッターの公開アカにリンクさせるのすら、ちょっと怖いと思ってます。)

ですが、まさに冒頭の引用に書いてある、「愛や善意やおだやかさという、心に平和をもたらすそよ風」のような人間でありたいという気持ち(まあ、これもえらく御大層な表現ですがw)は、このブログをお読みの皆様と比べても、人一倍強いと言える自信があります。
そして、直接活動で知り合った方々には、私はそういう人間という印象を結構与えていたと思います。

そんな私ですから、今までは、ネット上での政治・言論関連で他人の言動に対して怒りを露わにするなどということは、全くではないものの少ししかありませんでしたし、今後もあそこまでのことは絶対に有り得ないだろうと思っていました。

でも、それを実際にやってしまった。
本気で許せないと思ったことなら、ここまで言えるんだなあと、正直自分でも驚きでしたね。
(そしてご覧になっていた方々も、あれにはかなり驚かされただろうなあ、多分…)

これを「ほんの一時の痛みを体験する、あるいは他人にも体験させる覚悟」を決めた結果、などと言っても自己正当化にしかならんのかもしれませんが、それでもそう考えて開き直るよりほかにないんだと思います…

以下、余談。

今回の記事の引用元の著者であるジェームズ・アレンさんという方ですが、
聖書に次ぐベストセラーといわれている『「原因」と「結果」の法則』(ちなみに、私はこの本もKindleで買っています)という本の著者として知られています。

私の個人的な感想として、
この方の本に書かれていることからは、ずっしりと心の奥底にまで響くものを感じます。
はっきり言って、9条教信者の連中の言葉なんかとは比べるのも失礼ですw

なんでだろうな、と思っていたのですが、
引用元の本『きっと!すべてがうまくいく』の訳者あとがきに、こんなことが書かれていました。

次々とベストセラーを世に出したというのに、アレンの作家としての収入は決して多くなかったようです。少しでも多くの人に読んでもらいたいということで、すべての著書のイングランド外での著作権を放棄していたのが、その理由だとされています。
これらのことから察するに、どうやら、アレンという人は、自分の哲学を見事に実践しながら生きた人物でもあったようです。

…ううむ、行動できちんと示せる人間は、やっぱり違うんですね。

ちなみに、次回(=元来は今回書きたかったもの)も、この本の引用から始まる記事の予定です。

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