何事も「真剣に考えているからこそ、一喜一憂もある」という、私の持論を

森田は次のように述べています。

われわれの最も根本的の恐怖は、死の恐怖であって、それは表から見れば、生きたいという欲望であります。これがいわゆる命あっての物種であって、さらにその上に、我々はよりよく生きたい、人に軽蔑されたくない、偉い人になりたい、とかいう向上欲に発展して、非常に複雑極まりなき吾人の欲望になるのである。(第十二回形外会)

私たちの苦しみの根っこには、「死の恐怖」というものがあり、それはよりよく生きたいという「生の欲望」によって引き起こされるというのです。
「生の欲望、死の恐怖」と言いますが、森田療法ではこの言葉を、生死に直接関わらない、普段の生活の中の欲望や不安にまで広げてとらえています。すなわち、「よりよく生きたい」「こうしたい、こうありたい」という欲望、そして、うまくいかないのではないか、という不安、ときに恐怖、までを含んで考えるのです。そしてその根っこにはすでに述べたように「内的自然」、生の力が存在します。

(北西憲二『はじめての森田療法』より)

皆様こんにちは。ピースです。
今日はまたずいぶんと変わり種な冒頭引用ですが、早速本題。

都議選が終わりましたね。


今回は、「都民ファースト」がどれだけ議席を確保するかというところが注目の的になりました。

まあ、私自身は、小池都知事に関しては、豊洲問題については「散々ゴネた末に出した第3の案がアレか?」という印象でしたが、他に関しては政策の善し悪しが十分に検証できない箇所が多かったので、今回Twitter等で自分の意見を書くのは控えめにしていました。
そして、政治・言論系でSNSでつながっている方も、大半は「都知事選の頃は(投票はあの桜井誠氏にしたという方もいらっしゃいますが、彼らも含めて)応援していたけど、その後の動きがきな臭すぎるな…」という意見で占められていた感じかと思いますが、100%そんな方ばかりではありませんでしたし。

しかし、前回より上がっているとはいえ、投票率はまだまだ十分とは言えません(だから、組織票の強い政党は相変わらず一定水準の議席数を持っているわけです)。
やはり、「これまで政治に興味のなかった層へ呼びかけ、投票に行く一歩から始めてもらう」ということが、変わらず今後の課題となりそうですね。

また、今回投票にいらっしゃった皆様方も、それはあくまでも「第一歩」です。
今後、きちんと自分の入れた候補者、あるいはその方の属する政党の公約通りにやっているかどうか、「チェックする」ということが大事だということを、申し上げたいと思います。
それも、(私もこれまで、数々のエントリで新聞やテレビに対する批判や苦言を申し上げてきましたし)大マスコミの報道だけではなく、そのフィルターのかかっていない「一次ソース」も確認したうえで、ということですね。
私は以前も申し上げた通り、ネットの情報自体は玉石混淆であることには違いないと考えていますが、やはりこの「一次ソース」が容易に入手できるようになった点が大きいという認識でいますので。
(上述の通り0ではないもののかなり少ないとは思いますが、)特に今この記事をお読みの方の中で、今回、都民ファーストを応援、あるいはその所属議員に投票された皆様にとっては、「本当に、それで生活がしやすく、また東京オリンピックも良い一大イベントとして迎えられるようになっているか?」ということが、本質になるわけですし。

さて、今回はタイトルに書いているとおり、どちらの立ち位置にいらっしゃる方に対しても、
「真剣に考え(、そして一票を投じ)ているからこそ、一喜一憂もある」
ということを申し上げたいと思います。

なぜ、このことを私が持論にし、そしてここで話題にしたと言いますと、それが冒頭の引用につながってくるわけです。
「森田療法」という精神療法に関しては、こちらで一度話題にしたことがあります。
主に神経質症を対象とした精神療法です(私も、自分でも「ブログではよくここまで本音の意見が書けるな」と思うほどの豆腐メンタルですから…w)が、上記リンク先の余談でもお話した通り、まさに、皆様の「生き方」とか、あるいは「考え方/ものの見方」にも応用できる理論なんですよ。

引用元の文章にもある通り、特に神経質の方が多く持っていると言える「不安」という感情は、「欲望」と表裏一体のものであるということです(リンク先では「両面観」というキーワードにも言及していますね)。
これは、「不安」の側だけを取り除こうとするから余計にその負の感情が増すから、それを取り除こうとするのではなく、受け入れることによって「欲望」の面をうまく発揮することができる、という主旨です。

「一喜一憂」と書きましたが、今回、小池都知事側を応援された方にとっては、表面的には「喜」ととらえることだったとしても、先述の「本当に、それで生活が…」という「不安」をお持ちの方もいらっしゃると思います。
一方で、私の周りには多いと申し上げている、逆の立場である「憂」、つまりそれがそのまま「不安」と思われている方については、今回、TwitterやFB上の私のタイムラインも「民主党政権の再来だ!」みたいなことを仰る方々で埋め尽くされた感じです。
(今回の都議選とはほぼ関係のない話ですが、私がいるのもこういう業界ですから、新入社員研修はじめとして社内外の講習会で聞いたお話の雰囲気は、いかにも「あんな政権の再来はゴメンだ!」という感じはありました。もちろん、これはただの「雰囲気」で、流石にそのような場で特定の政党や政治家をボロクソに仰る方はいませんけどね。)

この引用元の話に照らし合わせていえば、どちらも、その不安の裏にあるのは、ほかならぬ「『投票という行動を起こし、あるいは政治情勢をしっかりチェックすることによって、日本(あるいは東京都の)社会を良くしたい』という(ポジティブな)欲望」ということです。

そして、私は、
サヨク(あるいは、パヨク、反日日本人)といわれる方々って、「自分らの意見を押し通すことが全て、それに合わない奴のやることは徹底的に妨害してやる」としか考えていないから、そんな「一喜一憂」なんてことを感じる心の要素はまるっきり欠落してしまっているんだろうな
と考えています(実際、あれだけ「監視社会ガー」を連呼していた連中は、とうとう「安倍を監獄へ」とかいうプラカードも掲げ出すという、とんでもないダブルスタンダードまでやらかしましたし)。
ですから、彼らにはそういう、「社会を良くしたい」というポジティブな欲望なんてものはない。
もっとストレートに言わせてもらうと、それは「『東京都民』または『日本国民』(あるいは、もはやそれ以前のレベルで『人間』と言い換えても過言ではないと思います)として、死んでいるのと同然」ということですよ。

今回は、「政治」と「心理(精神)療法」という、超絶異色な分野の組み合わせになりましたね。
ぜひぜひ、このブログをお読みの皆様方とは、上記の「投票という行動を起こし、あるいは政治情勢をしっかりチェックすることによって、日本(あるいは都の)社会を良く」するための具体的な方法をご一緒に考えていければと思います。

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